こきあブログ

冬眠したいアラフォー主婦のちょこちょこ雑記

父親の育児は、自己犠牲のヒーロー感なのか?~それはやっぱり、当事者意識の欠如だと思う~

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以前、このブログで「父親の育児は自己犠牲のヒーロー感なのか?」という記事を書きました。

 

kochia-tohminneko.hatenablog.com

要約するとこんな感じ・・・

育児マンガによると、父親の育児の何割かは母親のためらしい。夫に質問するとそうだけど?とのこと。夫には、「自己犠牲のヒーロー感?」のようなものがあるらしい。「かたあしだちょうのエルフ」に感動するのもそう。翻って私は、全然感動しないのだけれど、それは、父母の役割の差?性差?個人差なのか?

 

「かたあしだちょうのエルフ」に感動するかしないかは置いておいて、

記事を書いて結構すぐに、やっぱり違うんじゃないか?ということがありました。

 

ある日のこと。夫の仕事が終わるまで(夫はコロナ禍で在宅勤務)、午後から夜にかけて、ひと通りの家事・育児をワンオペで行っていた私。

小学校に通う長女を通学路途中まで迎えに行き(1年生は途中まで迎えにいくことが子ども会で決められている)、長女に習い事の宿題をさせ、学校の宿題をさせ答え合わせをし、長男を保育園に迎えに行き、長女長男の荷物の後片付け、その後夕食の準備、子どもたちに夕食を食べさせ、そこへ仕事を終わらせた夫が合流。

 

とても眠かったのと、子どもたちの元気がものすごく、すっかりバテてしまったので、その後の家事と育児は夫に任せて、暗い寝室へ逃亡。

(すぐに子どもたちが「おかーさん、おかーさん!!」とやってきましたが。

この子どもたちからの「おかーさん、おかーさん!!」との呼びかけが、多い時は1日100回くらいは聞いているんじゃないかと思うほどなので、ときどき逃げ出したくなります。1日何回呼びかけられているかは、自分の精神衛生を保つために、決して数えません。。。)

 

そして小一時間、スマホを見たりゴロゴロ横になったり休憩を取りました。

その間も、「ギャー!」「長男、やめてって言ってるでしょ!!」という姉弟ケンカの声が聞こえたり、夫の「こらーっ!!」という子どもを叱る声が聞こえたり。

 

「なんか、夫、大変そうだな・・・そろそろ助けにいってあげようかな・・・」

 

と、休憩を切り上げ、育児の主戦場に復帰しました。

(その間に、夫は自分の食事と家族分の食事の後片付け、お風呂の準備をしていてくれました)

 

そして、はっと思ったのです。

こうして、「家事、育児に参加する場に行く=(メインで担っている)夫を助けるため」というのは、夫が言う「自己犠牲のヒーロー感」に通じるものではないのか?と。

 

この感覚というのは、やっぱりメインで担っていないからこそ感じるものなのではないか?と。短時間でもメインで担っている人が大変そうであるからこそ、助けようという気持ちになるのだと思いますし。

 

なので、育児における「パートナーのための育児」「自己犠牲のヒーロー感」というのは、私にはやっぱり、(その瞬間に育児をメインで担っていない)当事者意識の欠如なのではないかと思ったのでした。